何だかんだで任天堂って凄いよね!と思いました(小並感


ファミコンが発売されたのが1983年。筆者が高校に入学したのが1985年。
そう、まさに “ファミコン世代ど真ん中” のオサーンです。
どーも。

所有するゲーム機はファミコンスーファミPS2だけという完全に「時が止まった過去の人」ですが、前エントリー

★参照リンク:コンテンツの力(パワー)
〔暇さえあれば備忘録〕

を書くにあたってYouTubeを中心にゲーム関連の情報を漁った結果、

任天堂って凄い会社だなぁ!

と文字通り小学生並みの感想を持つに至ったので、その辺のお話を記してみたいと思います。

<スポンサーリンク>
  

任天堂の歴史

何が凄いって、まずはその歴史。
任天堂の沿革は公式サイトの年表を御覧頂くとして、

★参照リンク:会社情報:会社の沿革
〔任天堂オフィシャルサイト〕

創業が1889年! ※法人化は1947年
創業128年の老舗企業にして先端技術を要するゲーム業界の中心に位置するって凄いっすよねぇ!?

創業100年以上の企業が20000社以上も存在し、世界でも圧倒的な長寿企業大国である日本。創業1000年以上の企業ですら7社もあるという事を考えると、「たかだか創業128年て大したこと無くね?」という感想を持つ方もいらっしゃるかも知れませんが、ゲーム業界という業種である点を鑑みると、素直に「凄いことだよなぁ!」と感嘆&驚嘆せざるを得ません。

★参照リンク:世界最多の長寿企業を持つニッポン
〔nippon.com〕

SonyMicrosoftが任天堂同様にゲーム業界の中心に居るのは、まぁ素人目にも納得できますよね。何たって元々がテクノロジー産業で名を成した企業なんですから。しかし、任天堂の発祥は花札ですからね!? 花札を作る集団として始まり、トランプ製造へと触手を伸ばし、そこから玩具製造業へと発展。ゲームウォッチで一世を風靡すると同時にゲーム業界へと進出。ファミコン&スーファミで世界を制覇して、以後もリーディングカンパニーの一つとして存在し続ける。文字で起こすと簡潔ですが、これだけの歴史と業績を持つ企業って世界を見渡してもそうそう無いんじゃないですかね~?

1800年代にまで遡らずともファミコン発売以降の30~40年単位で考えても凄いなぁ!と。ほんの少し前に飛ぶ鳥を落とす勢いで世界に名乗りを上げて来たシャオミが既に凋落気味だったり、一時期はコンピュータ関連雑誌に広告を出しまくっていたゲートウェイは見る影も無く、あのSHARPですら買収されてしまう、といった移り変わりの早さを考えると、「128年前に花札製造から始まった京都の一企業が世界的産業の一角をリードし続けている」という事実は凄い!(断言

更に賞賛すれば、任天堂はハードウェアメイカーであるだけに留まらず、優秀なソフトウェアメイカーでもあるという点。ハードに関しては技術的優位を一度確立すれば(それ自体が非常に難しくはありますが)、当面は有利なポジションに居続けられるというもの。しかし、移り気な消費者のニーズに柔軟かつ迅速に対応しなければならないソフト面でも輝かしい功績を残し続けてきた任天堂。硬軟織り交ぜてと言うか、表裏一体と言うか。「ハード&ソフトの両輪を回して築き上げた現在のポジション」であり、それを実現してきた人たちの才能と努力に拍手を送りたいのであります。

アメリカ人はゲーム大好き!

先述の通り前エントリーを書くにあたってYouTubeを中心に徘徊したのですが、強く感じたのが「アメリカ人ってゲーム大好きなんだなぁ」という事と「任天堂という企業そのもののファンが大勢居るんだなぁ」という事。

前者については、「まぁ世界最大&最強の快楽主義国家であるアメリカなら納得!」という感もあるのですが(偏見)、それにしてもゲーム好きが多い印象。ゲームメディアやら実況者やらのチャンネルが山ほどあって登録者数もスゴイことになってます。

チャンネル登録者:849万人

チャンネル登録者:1600万人

チャンネル登録者:2100万人


2100万人……。(゚Д゚ )ポカーン
ま、まぁ、アメリカは人口多いしね。英語コンテンツは世界共通だし。
とはいえ、多いっすなぁ…。
こういうのも「創造性を活かして金持ちになる『アメリカンドリーム』の一環」っていう評価なんでしょうね。

とにもかくにもゲームに関連するコンテンツが山ほどあって、単なる実況動画だけではなく、ゲームをれっきとした産業や文化の一ジャンルとして捉えている人々の動画もたくさんあります。

★参照リンク:The Gaming Historian
〔YouTubeチャンネル〕

上記リンク先は「ゲームの歴史」に関するドキュメンタリー風動画を主にアップしていらっしゃる方のチャンネル。スーパーマリオやソニックなど伝説級ゲームソフトやハードウェアの歴史などについてまとめた真面目な動画が多く、先述の実況者たち程ではないにしろ、多くの登録者(30万人超)を抱えています。この手の地味目なチャンネルにも数十万人の登録者が居るという事もゲーム好きな人の多さを物語っていると言えるかも知れませんね。

このチャンネルの動画の一つ “The Video Game Crash of 1983” 「1983年のゲームクラッシュ」を観ると、アメリカの一定以上の年齢のゲーム好きな人たちが任天堂に対して好意的である理由を垣間見ることが出来るのです。

任天堂は米ゲーム産業を救った救世主?

上記動画では1983年にアメリカで起こった「ビデオゲームクラッシュ」という出来事について説明しています。簡単に概要を説明すると

1983年以前、アメリカでは家庭用ゲーム機がブームになっていた。
その主役はATARI(アタリ)で隆盛を誇っていたが、1983年になって複数の理由で市場が崩壊した。

1.ゲーム機本体の氾濫
前途有望な市場に多くの企業が参入して、物凄い数の機種が氾濫していた。
2.PCの出現
様々な用途に使えるPCが普及し始め、ゲーム専用機の需要が下がった。
3.クソゲーの氾濫
ゲームソフトの品質コントロールが一切行われておらず、粗悪ゲームの粗製濫造が進んでいた。

その結果、ゲーム業界全体の信用が無くなり、ファンが離れて行った。

といった感じだった模様。

特にクソゲーの氾濫っぷりは凄まじく、シェアトップだったATARIがアーケードで大人気だった「パックマン」のライセンスをNAMCOから取得して実際に発売したのがコレ。

ひどいwww。
パチもん感に満ち溢れ過ぎだろw。

さらに映画「E.T.」が一世を風靡した時、ATARIはそのゲーム化権を取得してゲーム化を図ります。ただし、上層部から現場に下された指令は「クリスマス商戦に間に合うように、全工程を6週間以内に収めること」という無茶振り。

その結果、市場の熱い期待の中で発売されたのがコレ。

もはや何が何だかワカランwwww。

この超絶クソゲー発売の結果、ATARIは会社が傾くほどの大赤字に陥ります。
そりゃそーだろ……。

そこへ、「ドンキーコング」でアーケードの雄となっていた任天堂が、日本で先行発売していたファミコン(アメリカ名:NES)を引っ下げてアメリカ市場に乗り込んで来ます。

ただし、任天堂はゲームのクオリティーを保持するために厳しい姿勢を貫きました。認定したサードパーティー以外のゲームソフトをプロテクトコードで排除した上、認定したサードパーティーであっても年間4~5本のゲーム販売しか認めませんでした。これは、売上のために低クオリティーのゲームが氾濫する事態を避けるためでしょう。

自由貿易の担い手であるアメリカ市場でそういった排他的とも言える手法で大成功を収めた任天堂に対して、当然のことながら反発も生まれます。何と言っても訴訟大国ですからね…。ドンキーコングの著作権を巡ってユニバーサルから訴えられたり、独占禁止法に違反しているとATARIから提訴されたりと数多くの法廷闘争を強いられるハメに。が、任天堂は妥協することなく法廷で勝利を勝ち取り、ゲームのクオリティーを保持することに成功! ファミコンというプラットフォームから数多くの名作ゲームが生まれる事となったのでした。結果として、アメリカのゲーム産業は壊滅を逃れ、現在へと続くことになりました。

以上のような経緯から、「任天堂がアメリカのゲーム産業を救った!」と考えている人は結構居るみたいです。上の動画のコメント欄にもその旨の発言はいくつかありますし、ゲームメディアの記事でも見受けられます。

★参照リンク:Top 25 Video Game Consoles
〔IGN.com〕

But the home console industry was buried under the figurative dust after the industry collapsed on itself, and “videogame” was considered a bad word. Nintendo set to change all that with the Nintendo Entertainment System.

「しかし、家庭用ゲーム機業界はゲームクラッシュによって崩壊し、“ビデオゲーム” という言葉は悪い単語と考えられていた。NES(ファミコン)というコンソールによって任天堂がその状況を変えた」

実際にゲーム業界の救世主だったかどうかはともかくとして、任天堂が家庭用ゲームの灯を消さなかった事に対する敬意は感じられますね。

また、任天堂のソフト作りの手法に対する賞賛の声も。

上記動画では「他ゲームメイカーが物語性などを重視してゲーム制作をスタートするのに比べ、任天堂は常に “Play First”(意訳:「実際にプレイして楽しいかどうか?」)を念頭に置いたゲーム開発を行っている」として、任天堂のゲーム作りの手法を高く評価しています。

さらに、任天堂への敬意という意味では、2015年7月に逝去された前社長・岩田 聡氏へのトリビュート動画や訃報に接してのリアクション動画の数々を見れば明らかです。

単に経営者としてだけでなく、プログラマーとして、ゲーマーとして、人間として情熱を持ってゲーム業界を引っ張っていった故人への敬意と惜別の情に満ち溢れていますね。日本の財界人でこれだけ一般の外国人に敬意を表されているのは、岩田氏以外では本田宗一郎氏ぐらいかな? という気がします。

創業1000年を目指せ!

と、ここまで任天堂を褒めちぎってきましたが、大勢に愛される人 or 物は大概アンチも多いもので。任天堂を憎む声も無きにしも非ずみたいですね。

アメリカ進出時の独占的&排他的なビジネススタイルに対する批判だったり、基本的に家族向け&子供向けのソフトに対する批判だったり、競合勢と比較してスペックを重視しないハードウェアに対する批判だったりと。

現在バカ売れ中のSwitchに対しても発売前には成功を懐疑的に見る声が多かった模様です。「スマホ時代を迎えているのに今さらポータブル兼用ハードかよ!?」といった至極もっともな懸念だったり、ファミコン全盛時の3rdパーティーに対する厳しい姿勢が今でも尾を引いているのかどうか解りませんが、自社タイトル以外の有力ソフトが未定だったりとか。

それでも万難を排して頑張って欲しいですねぇ、任天堂!
ファミコンやスーファミで楽しんだ時間は間違いなく自分の青春時代の1ページに刻まれているし、「伝統と革新が共存する日本」というイメージの体現者でもありますし。○○堂という古風極まりない名前の企業が世界の中心に居続けるなんて、日本人にとっては痛快じゃないですか? 是非とも創業1000年を迎える未来でも世界のゲーム産業を引っ張り続けているリーディングカンパニーであって欲しいと願う次第です。