あじわい散策 17.06.25 文京区小日向界隈

隙あらば引き籠る体質の筆者が外出する目的とするための散策記事。
ただ手ぶらで歩いてもツマらないので、カメラを持って街中にある “味わい深い光景” を撮影するという至極平凡なミッションを課してお送りします。

今回は文京区小日向近辺をカメラを手にチャリで散策してみました。

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実は “坂の街” 東京!?

“坂の街” と言えば、長崎とかサンフランシスコが有名ですが、実は東京もその一つだとか。
どこで聞いたのか、誰が言ったのかも覚えていませんが…。(爆
でも、タモリ倶楽部でも都内の坂を巡る都営バスの回があったぐらいなので、多分本当なんでしょう?

あと、こんなサイトもあります。

★参照リンク:東京坂道ゆるラン
〔東京坂道ゆるラン〕

こちらは個人の方が運営していらっしゃると思われるサイトですが、そのクオリティは素晴らしい! の一言に尽きます。都内にある坂の数々についての歴史やエピソードなどを丁寧にコンテンツ化。実際に現地に赴いて現在の状況を伝えつつ、古地図や古い画像等の貴重な資料を用いて丁寧に歴史を掘り下げていきます。しっかりとした考証に確かな文章力。相当博識な方が運営していらっしゃるんでしょうね。デザインも含めて完成度が高い見事なコンテンツサイトです!

と、立派なサイトを引き合いに出しておいて恐縮ですが、今回はチャリでブラついた坂が味わい深かったので簡単に御紹介しましょう。積極的に自らの首を絞めて行くスタイル。

鷺坂(さぎざか)

パッと目に付いた見事な石垣!

まるで城のようですね。いや、実際に江戸時代の名残なのかも? と思って近寄ってみると、画像手前の交差点を右側に入った小路がイイ感じに味わいを出していました。

石垣に沿って上り坂があって、うっそうと茂った緑へと続いていく道。味わい深い! 薄暗い時間帯だと若干怖そうな感もありますが。

急な勾配をちょっと上った先の踊り場的な所に坂名の石碑と説明書きが立っていました。説明書きによると

この坂上の高台には幕府老中を務めた旧関宿藩主・久世大和守の屋敷があったため、地元の人は高台を「久世山」と呼んでいた。大正時代になると住宅地になり、近所に住んでいた文学者・堀口大学や詩人の三好達治&佐藤春夫らによって、万葉集に詠まれている山城国の久世の鷺坂と結び付けられて「鷺坂」と呼ばれるようになった。

とのこと。
うーん、浅学故に三好達治ぐらいしか知った名前がありませんが、何やら由緒がありそうなのは解ります。

説明書きの下の「都市景観賞」受賞のプレートには、「昔ながらの石積みが現存し~」とあるので、それなりに古い石垣なんでしょうかね。

折れ曲がった先にも坂道は続いていて、住宅街に繋がっていきます。

大日坂(だいにちざか)

鷺坂を上るとある豪邸&高級車が並ぶ住宅街を抜けた先に、また別の坂が。

こちらは大日坂だそうで。
ぶっちゃけ、画像で振り返ると全く味わい深くないっすね…。(爆
おかしいなぁ、何で写真撮ったんだろ?

緑に埋没する家

普通の住宅街にあって異彩を放っていたのでパシャリ。
表札が出ていたので人が住んでいらっしゃるんでしょうか? 夏は涼しそうですね。エコ住宅。

電車とトンネルのある坂道

住宅街の中に忽然と姿を現す坂道。
上に見えるのは恐らく丸の内線の車両基地かと。

線路下を通るトンネル。ゲリラ豪雨の際には危険そうな感じが漂っています。

トンネルを抜けると更に坂道が。
こうして見ると、丸の内線の線路が低地沿いに走っているのが解ります。
ひょっとすると、かつては川だったんでしょうかね? と推測してみる。
ブラタモリっぽくなってきたぞ。

名も無きコーナー

何の変哲もない小路ですが、個人的には味わい深い一枚。石垣に沿ってゆるやかに曲がりながら続いていく道に加え、うっそうと茂った濃い緑。右側の建物がもうちょっと情緒のある古民家風のモノだったら、なお良かったんですけどね~。かつては堤だったのかな? と推測出来なくもない地形ですね。

昭和と平成のコントラスト

古色ゆかしい昭和風建築とバックの高層ビルの対比? これで上の広告部分にボンカレーとかオロナミンCの看板が掛かっていれば最高だったんですけど。アコーデオンドアってのも今どきの若者は知らないんだろうなぁ…。

それにしても、電柱&電線は街の景観を壊しますなぁ。
震災等を考慮しても地下に埋設した方が良いと聞いたことがあるような気がしますが、そういう方向に進んでいるのでしょうか? 将来的に観光に力を入れて行く意味でも、一考する余地のある問題だと思いますが。


これにて今回の散策はおしまい。